あの日の妣(はは)に花束を

 「お母さんに会いたいな」
わかってる、普通の人なら死んだ人に会える方がおかしいよね──若き将軍はそう言って笑った。背丈を抜かされたのはいつのことだったか、見上げるほどの長身になってもまだ子供のような顔を見せるのは兄として見てくれているからなのだろうか。
「飛刀に頼めばいいさ」
「そんなことしたらすぐお父さんにも喋っちゃうよ。あいつ口軽いんだ」
口を尖らせる天祥の手許に飛刀はいない。親父は確かあの時、母と叔母を|幻視《み》たはずだ。そういう自分も幼少期に仙界入りして以来話すことのなくなった母の顔など、ぼんやりとしか思い出せない。柔らかい温かな手、いい匂いの長い髪。
「じゃあ、楊戩さんに頼んで変化してもらうかい?」
「うーん、でもあの人忙しいから悪いなぁ。しかも演技過剰なとこあるし……」
封神台は今日も時が止まったように魂魄たちが“生きて”いる。あっちの方でぎゃあぎゃあとやっている親父と飛刀も、聞太師も、自分も本当ならこうやって生者と話すことは叶わなかったはずだ。
それでもここにいない母を想う気持ちは痛いほどわかる。
「いい案だと思ったんだけどなあ。それが嫌なら諦めるしかないさ。親父も遠征なんかで家をあける時は──」
そうだ、絵姿だ。
「天祥、絵だ、絵姿を描いてもらえばいいさ!」
まだ事態の飲み込めていない弟の手を力任せに引いて走り出す。
確かここには、絵師もいたはずだ。

「……これが宮廷画家の?」
到着して早々、なんというか前衛的で、特徴のある絵柄に衝撃を受けて望みがついえたことを知る。
「なんか悪ぃな、ぬか喜びさせてよ……」
「いや、僕が年甲斐もなくワガママを言ったから……」
トレビアンな髪型をした元宮廷画家は突然の訪問も快く受け入れてくれたが、その作風は写実的とは言い難かった。
帰ろうか。
どっと疲労して踵を返した瞬間、眩い光があたりを覆った。咄嗟に身構え、目が慣れて周りを見渡しても封神台に何も変わりはない。
ただひとつ眼前に、女性がいること以外は──
「おかあさん!!」天祥が叫ぶ。「おかあさん、おかあさん!!」
呆然と立ちつくす自分を置いて、天祥は縋るように女性のもとへ駆けて行った。ああ、この声のデカさ、親父譲りだな……
……少し老けたねとか、悪気なく思ったことを言っちまうとこも。
「こんな若い人にそりゃ失礼ってもんさ」
「? 兄さん、何言ってるの?」
自覚のない弟と自分を見て、女性が柔らかく笑う。
「天祥、会いたかったわ。」
それから、
「天化、天祥を連れてきてくれてありがとうね。」
そうだお父さんも連れてこなきゃ、と慌てた足取りで天祥は去っていった。

「あんがとな」
でも俺っちまで術中にかけてくれることなかったさ──一瞬でも目を奪われたことを恥じて悪態をついてしまう。本当は自分だって母に会いたかった。いや、自分こそもう一度会えるべきだったと思っていたのに。
「いえいえ、貴方の望みとあれば」
正直、今日は都合のいい存在として頼りに来ただけのはずだ。ほとんど話したこともない彼がこれほど親切にしてくれるとは思わなかった。
「あんたがそんなお人好しだったとはね」
「いいえ。あなただからですよ、黄天化」
楊任が微笑む。
「私も弟には弱いのでね」


作:辺岡
2021年5月9日 X(twitter)投稿 テーマ『母の日』
一文字であらわす、妣(なきはは)という漢字があるそうです!
正確にはこれで「はは」とは読まないのですが、当て字ということで…